論理学FAQのブログ

授業でもらったコメントに対して書いたリプライを、ブログ形式に編集しました。

イアン・ハッキング (1936-2023)

イアン・ハッキングが亡くなりました。トロント大学からの発表をリンクします。

philosophy.utoronto.ca

実際に会うことも喋ることもなかったですが、翻訳で関わったことで、何か一方的な親しみを感じていた哲学者です。とても残念です。

1936年、カナダ・バンクーバー生まれ。ブリティッシュ・コロンビア大学で数学と物理学を学び、イギリス・ケンブリッジ大学で哲学の博士号を取得。ケンブリッジ、マケレレ大学(ウガンダ)*1、スタンフォード (アメリ)トロント (カナダ)、コレージュ・ド・フランスなどで教職を務めました。

 

言語の論理的分析に中心的な関心をおく分析哲学の教育を受け (博士論文は様相論理(!)と数学的証明(!)について) キャリアをスタートさせますが、初期の出世作は確率や統計についてでした。ミシェル・フーコーに影響を受け、分析哲学をいわば「歴史化」するアプローチは高い評価を受けました。

www.keio-up.co.jp

www.cambridge.org

honto.jp

www.cambridge.org

その後、言語哲学や科学哲学など、分析哲学の王道的なトピックについても重要な作品を残します。

www.keisoshobo.co.jp

www.chikumashobo.co.jp

その一方で、精神医学についての哲学や社会構成主義といった、当時の分析哲学ではあまり扱われることのなかったトピックについても刺激的な著作を出版しています。

www.kinokuniya.co.jp

www.iwanami.co.jp

www.iwanami.co.jp

独自の方法論の内実と驚異的な関心の広さは、この論文集がよく伝えていると思います。

www.iwanami.co.jp

最新作(遺作)は自身の原点である数学についてでした。

www.morikita.co.jp

とにかくどの本もおもしろいので、今後とも多くの人に読まれてほしいです。でも悲しいね。

[追記] もうすぐ出る『科学革命の構造』新版新約は、ハッキングによる序文が付いていますね。彼の著作としては最後期でしょうか。

www.msz.co.jp

*1:この時期に『狂気の歴史』を読んでフーコーに夢中になったとか。

『フィルカル』で特集していただきました

雑誌『フィルカル」Vol.7 No.1 誌上で、拙著『3STEPシリーズ論理学』の特集を組んでいただきました。

philcul.net

私の「自著解説」に加えて、澤田和範・細川雄一郎・植原亮・槇野沙央理の豪華4氏による、的確かつ刺激的な書評が掲載されています。4氏にはこの場を借りて、心よりお礼申し上げます。ありがとうございます。

また今号の「2021フィルカル・リーディングス」中でも遠藤進平氏がおすすめ本の1冊として拙著を挙げてくれています。こちらもありがとうございます。

すでに本書を読まれた方はぜひご自身の理解と照らし合わせながら読んでいただければ、そしてまだの方は、ぜひこの特集を本書へのきっかけにしていただければと思います。

本書についてのかんたんな紹介はこちらから読むことができます。

takuro-logic.hatenablog.com

 

 

『論理学(3STEPシリーズ)』昭和堂

このたび本を出させてもらうことになりました。オフィシャルには12月10日発売のようですが11月末くらいから出回るのではないかと思います。

www.showado-kyoto.jp

昭和堂の「3STEPシリーズ」の1冊です。見本がすでに手元にありますが表紙の蛍光色がものすごいです。気に入っています。

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大学の教養レベルで使われる教科書と想定して書いた本です。本の「まえがき」では、主にその想定読者である大学の学生さん向けに説明を書いたので、ここでは、そうではない、独学ないし趣味で読んでいただける方向けに宣伝をしたいと思います。

難易度

いちおう論理学の初歩から始まりますが、まったくの初学だと少し厳しいかもしれません。大学の講義や他の本でちょっとかじったという方ならスムーズに入れると思います。

扱われているトピックはそれほど難しいものではないですが、後半はさすがにレベルが上がりますし、スペースの都合で証明などすべて詳しく書くわけにはいきませんでした。そうしたギャップを自分で埋めるか、あるいは「そういうものなのね」とうまくスルーして先に進むか、どちらかのリテラシーが必要かもしれません。

内容

他の教科書・入門書と比較しての特色は、論理学の初歩をおさえつつ、そこから進んで、古典論理を哲学的な側面も含めて大々的にフィーチャーしているというところです。扱っている論理の一覧は目次を見ていただくとして、その中でも特に、関連性論理をここまでスペースをとって解説しているのは本邦初だと思います。

残念ながら証明論はまったく扱っていません。いろいろな論理の可能世界意味論(クリプキ・モデル)を中心としたモデル論だけで議論しています。そのおかげで、異なる論理のあいだの共通点と差異がわかりやすくなったような気がしますので、悪いことばかりではないのでしょう。最終章の否定様相(様相演算子としての否定)までいくと、ぜんぶの演算子が様相化されてしまって、なかなか壮観だと思います。

少し外からの特徴づけとしては、思いがけず読書猿さんがいいツイートをしてくださったので引用しますと:

わりと当たってるかもしれません。もう1冊、プリースト先生の本を(不遜にも)並べさせていただくなら、こちらですね:

www.cambridge.org

古典論理の教科書として押しも押されもせぬスタンダードかと思います。これをすでに読んだ方、あるいは読もうかと気になっていた方は、(不遜ながら)わたしの本とセットにしていただけると、めちゃくちゃうれしいです。

動画

この本は、京大文学部での演習のレジュメをベースにしています。昨年度からのコロナ禍でオンライン授業をするために動画を作っていたのですが、結果的にこの本の解説動画ができた形になりました。以下が再生リストです(後期分はまだできてませんが、授業の進度に合わせて1月ごろには完成します)。

youtube.com

youtube.com

本の内容との対応関係はすぐにわかると思います。(出版社にはあまり大きな声では言ってませんが) 概要欄からレジュメもDLできてしまいます。ただ、本にはレジュメに載っていない発展的な内容のコラムや練習問題ももりもり盛り込んでいるので、ぜひ本も手にとってください。

もし、大学の授業でこれらの動画・レジュメを使いたいという先生いらっしゃいましたら、連絡なしでけっこうですのでどんどん使ってください。そのときには、本を学生さんに勧めていただくとか、図書館に入れていただくとかしていただけるとありがたいです*1

*1:参考までに、わたしの授業では、動画で予習して、授業時間には問題演習と解説を行う反転授業形式で授業しています。わりとうまくいってるんではないかと思います。

森田真生『計算する生命』

www.shinchosha.co.jp

本書所収の論考が『新潮』に連載されているのを読んだとき、わりと興奮したのを覚えています。つねづね自分がおもしろいと思っているポイントをみごとに捉えていたからです。それらの論考がこうしてまとまって出版されたことをうれしく思います。

ちょうど久保明教さんの『機械カニバリズム』が出版された頃とも重なっていたと思います。こういった刺激的な作品を読んで、自分のなかでも焦点が合ってきた気がしていた時期です。

 

ともあれ、計算やテクノロジーによる私たちの自己変容がテーマです。自己変容というのは、計算やテクノロジーが私たちを変えてしまうというよりは、私たちにはどうも、計算やテクノロジーに触れるなかで、自ら変わろうとしてしまうようだ、というニュアンスです。

小石や粘土板から始まって、図や式、さらには電子計算機まで、私たちはさまざまなデバイスを操って(広い意味での)「計算」をしています。計算のいいところは、操作に一定習熟してしまえば、意味がわからなくても答えが出るところです。これ自体、人類の大きな発明であるわけですが、それにもましておもしろいのは、機械的な操作に身を委ねつつも、やはり人間はその計算の意味を「わかろう」としてしまうところです。そして、わかろうとしているうちに、私たちの認知や直観や概念や、そういったものが変わってしまう、というところです。

『機械カニバリズム』で描かれた将棋AIと棋士のあいだの折衝において、もっとも印象的だったのは、どうにも「わからない」AIの指し手の感覚を自ら体得しようともがく棋士の姿でした。『計算する生命』では、自律的に展開していく計算を「わかろう」とするなかで押し広げられていく、私たちの生命の可能性が生き生きと描かれています。

 

ここで我田引水するなら、『計算する生命』のエピグラフでも使われているハッキング。彼が提示する「デカルト対ライプニッツ」という図式も、森田さんの「「わかる」と「操る」」と深く関係するものと読めるでしょう。

また、本書のような広く読まれる本のなかで、これだけフレーゲが大きく扱われているのはとても嬉しいことですが、そこで引用されている「種子の中の植物のようにであって、家屋の中の梁のようにではない」という比喩は、ウィトゲンシュタインを経由して、ダメットの証明論的意味論に大きな影響を与えています。

本書でも大御所カントの「アプリオリな総合判断」にかんする議論が引かれていることからもわかるように、この「計算を通じた自己変容」というのは、論理や数学の哲学のど真ん中トピックだと思っています。ハッキング風に言うと「perennial」な(姿を変えながら繰り返して現れてくる)トピック、でしょうか。本書はそれをとても鮮やかに描いてくれています。

自分の仕事はこのトピックを、論理学の具体的な言葉に落とし込んで、なるべく厳密に説明をつけていくというところなのかなと思ってます。

 

さいごに、終章「計算と生命の雑種」について。この前会ってお話させてもらったときに、『新潮』での連載時といまとではかなり自分の重心が移ってしまって…とおっしゃってましたが、それが現れているのがこの終章なのかなと思います。

私としては、ここでの森田さんはちょっと「正しすぎる」ように感じました。

計算がおもしろいのは、すでに決まっている正しさの基準に沿って操作すれば大丈夫だからではなく、むしろ、私たちの正しさの基準を思わぬ方向へ押し広げてしまうような不思議な力をもっているからです。

そのはずなんですが、終章の議論はどうしても、すでに決まっている正しさに収斂してしまうような息苦しさがあります。「謙虚」や「応答可能性(責任)」というキーワードがそれを示しているように思います。

これはおそらくは、森田さんの責任というよりは、どんどんエシカルになろうとしている社会に対する、私の息苦しさにすぎないとは思いますが、でも、もう少し「わからない」方向へ進めないもんですかね。

帰ってきたオンライン講義YouTube配信実録

ごぶさたしておりますが、夏に続いて、大学でYouTubeライブでの公開講義配信をやりました。気づいたことを少しだけ書いておこうと思います。

以下が一連の講義の再生リストです。おもしろい講義満載なので見てください。

youtube.com

ここでは主にテクニカルな側面について書くわけですが、講義のフォーマットも機材の構成も、基本的に夏と変わっていません。夏の機材構成はこれ:

takuro-logic.hatenablog.com

今回の構成はこんな感じです:

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前と同じと言いつつ、機材の中身はほぼまるごと変わっていたりします。アップデートポイントはこちら:

  • カメラがフルサイズになりました(A7siii)。めちゃきれいです。
  • 比較的いい照明を買いました(GODOX SL150WII)。カメラより大事なのはこちらかもしれません。
  • 配信用PCはMacではなくWindowsのゲーミングPCにしました(ASUS ROG Zephyrus 14)。OBSで配信しながら録画もしても、びくともしません。

並行してiPhoneからツイッターライブも流していて、そちらを見た方から「iPhoneカメラの映像のほうがオンライン講義っぽくていい」という声も聞こえましたが…。私としては映像は「っぽく」したくなかったんですよね。

ところで夏にあんなに悩まされた音ズレはいっさい起こりませんでした (マイクは前と同じWireless Goです)。ウィンドウズだからでしょうか。OBSのビットレートの問題だと思うんですが、WinとMacではちょっと挙動がちがうような。。

ということでポイントは「いい照明を買え」「ゲーミングPCを買え」の2点です。

 

こちらのシリーズ終了後、自分の論理学の集中公開セミナーも配信しました。昨年度がちょうど、コロナでのオンライン対応の先駆けとなった配信だったので、感慨深いものがあります。

takuro-logic.hatenablog.com

今年度の再生リストです。中身もおもしろいので見てください。

youtube.com

技術的に新しくやってみたのはクロマキーです。サンプルとして講義紹介の動画を:

youtu.be

合成自体はAtem Mini Proでやっています(録画はOBS)。Elgatoの自立型グリーンスクリーンAmazonで検索したら在庫があったのでカッとなって買ってしまいました。

顔が出てるからといって何だという声もあろうかと思いますが、新年度の講義動画もこれで作ってやろうかと思ってます。

 

授業動画公開:直観主義論理(3)(4)

直観主義論理シリーズ第3,4回です。予想通り、6本で終わりそうです。今回の2本はテクニカルな説明がメインでわりと無味乾燥でしょうか。

前期からやってきて、帰納法による証明をようやく導入しましたが、ちょっと遅い気もしますね。でも、前期の内容(古典論理・様相論理)だと、ありがたみのわかる場面があんまりないんですよね。

わたし自身は帰納法を使えるようになったときに初めて論理学がおもしろいと感じるようになったので、学生さんもそうだとうれしいんですが、どうでしょうね。

youtu.be

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授業動画公開:直観主義論理(1)(2)

引き続きの授業動画です。今回から直観主義論理です。ほんとは証明論でやりたいんですが、モデル論でやります。分量的には6本くらいになるでしょうかね。

レジュメ

直観主義論理

動画

youtu.be

youtu.be