論理学FAQのブログ

授業でもらったコメントに対して書いたリプライを、ブログ形式に編集しました。

論理学の研究って何を考えながらやってるのか

2019年6月24日のコメントペーパーより。レジュメは古典述語論理

コメント:論理学をやっていて面白いと感じることもありますが、論理学を専門に研究している人というのは、具体的には何をやっているのでしょうか。論理学でわからないこと、まだ解明されていないことにはどんなものがあるのでしょうか。

回答:論理学はいわゆる「通常科学」の段階にあると思います。いくつかの分野・ジャンルが確立され、それぞれの人がそれぞれの分野の流儀に従って、それぞれの分野で探求すべきとされていることを着実に探求している、という状況だと思います。ここでは具体例として、わたしのやった否定についての研究がどのような背景のもとで、何に着目して進められたかを見てみることで回答に代えたいと思います。

いろいろな否定

実験的にでも、いろいろな論理体系を作るのが論理学者の第一の仕事です。ここでは、それらの中の否定に注目してみます。古典論理直観主義論理、最小論理、関連性論理などなど、さまざまな論理体系が作られ、そしてそれぞれの論理のなかの否定が、それぞれ異なる性質をもっていることがわかってきます。

統括的理解を目指す

多様なものが生み出されたら、今度はそれらを統括して理解できるような枠組みがほしくなってきます。それらが共通してもっている性質は何で、それらのあいだの違いを生み出している要因は何かを明らかにしてくれる枠組みです。

応用

そのような枠組みとして、ほんとうに斬新なものを思いつけば、それはそれで素晴らしいのですが、他の領域で使われている枠組みを応用するというのもじつはそれ以上にすばらしいことです。

そこで次のような応用を考えます。否定は1つの論理式にくっついて論理式を作る1項演算子です。同じような1項演算子としては様相演算子があり、様相論理には可能世界意味論という統括的な枠組みがあります。そこで、否定に対しても同じように可能世界意味論を与えてやれば、求めている統括的な枠組みが得られるのではないでしょうか。

付随的問題

可能世界意味論は、論理学の分野ではモデル論に属します。もう一つの大きな分野が証明論であり、通常は、その両方を与え、それらが等価であること (完全性定理) を示すことが、プロジェクト完了の1つの目安です。ということで、否定に対して可能世界意味論を与えるなら、それとうまく対応するような証明論も作ろうというのが、付随するタスクとして生じてきます(こうやって仕事が増えていきます)。

Anomaly

以上の応用問題や付随的問題は、簡単に解けるときもありますが (それだと面白くない)、単純にあちらのものをこちらにもってきただけでは解決しないanomaly (異常事例)が生じえます。否定の場合は、関連性論理の否定がそれに当たりました。可能世界意味論の枠組みで、それをどのように定義するのがよいのか、論争が生じていました。そしてその不透明さが原因で、証明論的な枠組みの構築も妨げられていました。

解決

で、そういう問題をひとつ解決すると、それが論文になります。わたしの論文では、

takuro-logic.hatenablog.com

で少し触れた、2種類の否定を考えて、それらを「融合」させれば関連性論理の否定がきれいに得られるよということを示し、さらに、そのアイディアに基づけば証明論も簡単に作れるということを示しました。

こうやって問題が解けると、とりあえず「気持ちいい」のですが、学術的には、上に述べてきた背景があるので、単なるパズル解きではない、次のような価値をもっているということで評価されることになります。すなわち、

  • 多様な否定に対する統括的な理解
  • 可能世界意味論 (とそれに対応する証明論) の応用範囲の拡張 (これも多様性と統括性の一種ですね)
  • 統括的な枠組みを背景とした、(関連性論理という) 特定の論理に対するより精緻な理解

などですね。他のトピックでも、みんなだいたいこういうことを考えながら問題を設定し、解き、論文を書いているように思います。もちろん、こういった評価項目におさまらない「おもしろさ」というファクターもあるんですが、それはまた別のお話。