論理学FAQのブログ

授業でもらったコメントに対して書いたリプライを、ブログ形式に編集しました。

「ライスまたはパン」あるいは線形論理の話 (2)

「ライスまたはパン」あるいは線形論理の話 (1) - 論理学FAQのブログ

の続きです。

こちらが選ぶのか、相手が選ぶのかによって、「または」が連言になったり選言になったりする加法的結合子の話をしました。

じつはもうひとつ、さらに別の「または」があります。予想がつくと思いますが、乗法的選言 (multiplicative disjunction) です。これまでとは少しちがう例で説明します。

伝統的な論理的真理として排中律 (law of excluded middle) というものがあります。

 A または \neg A

です。これは論理的真理、すなわち論理的に正しい命題と見なされていますが、それはなぜでしょうか。

  • 加法的連言で解釈:  A \neg Aのどちらでもこちらが選ぶことができるからでしょうか?―― 明日雨が降るか降らないか、わたしたちの側に選択権があるようには思えません。では、
  • 加法的選言で解釈: Aが成り立つか、 \neg Aが成り立つかは、確かにこちらでは選べないが、相手の側で決定されているのではないか。この場合、たとえば「世界の客観的なあり方」のようなものによって決定されているのでは?――そう考える人もいますが、数学の未解決問題などはどうでしょうか。 Aなのか  \neg A なのかは、わたしたちが証明 (ないし反証) することによって決定されるのではないでしょうか。かといって、こちらで証明と反証のどちらかを選べるものでもないですね。

ということで、排中律の「または」は、加法的連言とも加法的選言とも違うように思えます。おそらくもっとも自然な解釈は、この「または」を「どちらも成り立たないと考えると矛盾する」と読む解釈ではないでしょうか。

 A でも  \neg A でもないとすると、 A でないのだから  \neg A  のはずですが、これは、 \neg A でもないとした仮定と矛盾します。それゆえ、 A または  \neg A のどちらかです。

ここでは、 A \neg A単体で成り立つか成り立たないかではなく、両方の不成立を合わせたときに何が起こるか、を考えています。

 

同じく「乗法的」と呼ばれる乗法的連言についてもう一度考えてみましょう。「肉が両方とも食べられる」というときの「と」が表す連言です。ここでは「肉と魚」の代わりに「1000円札と500円玉の両方をもっている」で考えてみましょう。

自分がもっているこの資源の興味深い使い方は、1000円でラーメンを、500円でうどんを食べることではなく、1500円のぜいたくランチを食べることではないでしょうか。なぜなら、ラーメンやうどんは1000円や500円を単体でもっているときにも食べられますが、ぜいたくランチは1000円と500円を合わせたときにしか食べられないからです*1

このように乗法的連言と選言は、2つのものを合わせたときに、それらを個別に考えたときにはできないようなことができるということを表現します。というわけで、乗法的連言はしばしば融合積 (fusion)、乗法的選言は分裂和 (fission)と呼ばれます。「分裂和」はいま考えた訳語ですが、核融合(fusion)と核分裂(fission)の対比ですね*2

 

まとめましょう。選言と連言には、それぞれ2種類の意味が区別できます。

加法的連言 ABのどちらか一方をこちらが選択できる
加法的選言 ABのどちらか一方が相手の選択で与えられる
乗法的連言 ABの両方を得られる
乗法的選言 ABも得られないとするとおかしい

わたしたちが日本語の「または」や「と(かつ)」を用いるときは、これらの意味を、場合に応じて、あまり意識することなく使い分けているのではないかなと思います。また、1と0で定義される古典論理の連言と選言は、これらの意味の違いを単純化して"潰して"しまっているといってよいでしょう。

純化によって失われてしまった興味深い概念的要素は、次の2つでしょうか。

  • パースペクティブ:加法的連言と選言の違いは、自分と相手のどちらに選択権があるのかというパースペクティブの要素なしには理解できません。
  • 資源の使い方:乗法的連言・選言は、複数ある資源の興味深い利用法を、すなわち、個々の資源単体には還元不可能な利用法を表します。

これらの概念的要素は、古典論理の単純化を外し、非古典論理へ進むことで現れてきます。以上は、非古典論理のなかでもとくに線形論理 (linear logic) によってもたらされた洞察です。線形論理は、フランスのJ-Y. ジラールによって開発された論理で、日本では、慶應大学の岡田光弘や本学数理解析研の照井一成らが重要な業績を残しています。たとえば、照井一成「線形論理の誕生」*3は本格的な線形論理の入門です。

上で説明した連言と選言の解釈については、日本語ではたとえば、

www.kyoritsu-pub.co.jp

の4.8節に簡潔な説明があります*4

 

追記:4つの連言・選言の表で、「加法的選言」が2つあったので修正しました。ご指摘ありがとうございました。

*1:もうひとつ付け加えるなら、いったんぜいたくランチ (おそらくサラダとメインとコーヒーとかでしょうね) を頼んでしまえば、それを分解してラーメンとうどんを取り出すことはできません。乗法的連言によって2つのものを合わせる操作は、この意味で不可逆的と言えるでしょう。

*2:これらの用語は関連性論理 (relevant logic) で用いられる用語です。ここまでの話は大筋では (後で述べるように) 関連性論理ではなく線形論理の考え方に則っているのですが、ここの「融合積」「分裂和」の話は、関連性論理の考え方が (場合によっては過剰に) 入っているかもしれません。

*3:照井一成 (2006). 「線形論理の誕生」,『数理解析研究所講究録』,第 1525 巻,94-131 頁.

*4:中島秀之 (2000). 『知的エージェントのための集合と論理』,共立出版.